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zoom RSS 私はメタル・マスターから始まった。

<<   作成日時 : 2006/08/18 23:38   >>

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 私信になりますが、前回のブログバトンに反応していただいた方々、ありがとうございました。今後ともよろしく。

 さて、メタリカである。去る8月12日、千葉マリンスタジアムにて、メタリカを観た。12日の出来事をなぜ19日になって発表するかというと、このことをブログに書くか否かで迷っていたからである。あと、忙しかったからでもある。そして、面倒であったことも重要な理由の一つだ。
 いやいや、本当にブログに書こうかどうしようか迷っていたというのは事実。以前の記事にも書いたが、記憶を外部に吐き出すときには記憶を加工しなければならない。球体である地球を紙の上に描くが如く、何かの情報を歪めなければならない。今回のようなインパクトが強く純度の高い高エネルギー物質を外部に吐き出す場合はそれなりの設備、技術が無ければ上手く記録には残せない。残念ながら私にはそのような設備も技術も無いので、仮にこの記憶を外部出力した場合、かなり劣化された塊となって残るであろう。それは望ましい結果とはいえない。故に本件は記憶に残すにとどめ、その風化さえも愉しもう、という気分で落ち着いていた。しかし、頭の片隅には「いやいや、もうすでにセットリストも記憶から抜け始めている。これは純度を下げてでも外部記録として残すべきではないか」という想いが常にあった。
 本日は「まぁ、書こうか。最近更新してないし」という心境なので、記念に残すことにしよう。

 ライブレポートの類はそこら中にアップされている。文章が以上に上手い人がいる、写真をあげている人もいる、もしかしたら音源も手に入るかもしれない。ライブレポートだったらアバンギャルドよりもはるかに優れたものがゴマンとある。当アバンギャルドでは「私にとってメタリカとは何か」「今回のライブは私にどのような作用をもたらしたか」という個人的な、メンタル的な面を記したいと思う。
 メタリカとは私の音楽観の全てだ、と言っても過言ではない。まずヘヴィメタルへの入り口となったメタル・マスター。アルバムを知ることが無ければ、ヘヴィメタルはおろか音楽を聴くことすらなかっただろう。音楽に傾倒しているつもりは無いが、それでもヘヴィメタルは私とっては重要な人格形成要素の一つである。メタルマスターが無ければ今の私は無いだろう。
 そして、ヘヴィメタルというジャンルを拡張させてくれたブラックアルバム。このアルバムに出会わなければ、私がスラッシュメタル以外を聴くことは無かったはずである。sad but trueで初めて「グルーヴ」という言葉を耳にし、ヘヴィメタルの「ヘヴィさ」に注目するきっかけとなったのである。ヘヴィメタルのギターソロ以外に注目すべき点ができたわけだ。
 ヘヴィメタルだけでなく、音楽そのものの幅を広げてくれたロード・リロード。実はこれらのアルバムは「ヘヴィメタルじゃねぇよ」と言って嫌っていた作品でもある。しかし、高校のロック部の3年生がプレイしていたbitchを聴いたとき「こんなヘヴィな曲があったのか・・・」と圧倒された。今までは、ダラダラとした楽曲だと思っていたものが、ヘヴィネスを持っているように聴こえる。一度切り捨てた作品を認める。まさにメタリカに完敗した瞬間であった。この上ない屈辱感を覚えながらも、聴くことを止められなかった作品だ。しかし、ロード・リロードは確かにヘヴィではあるが、ヘヴィメタルという気はしなかった。いや、ヘヴィメタルなのだが、より芸術的というか、「プレミアムモルツ」のような、濃厚なグルーヴは「モルツ」には出せないものだ。「プレミアムモルツ」もビールには違いないが、「ビール」の一言で片付けたくは無い。ロード・リロードはまさに「ヘヴィメタル」の一言では片付けることができないものを内包している作品だと言える。ロード・リロード以降、音楽への関心が異常に高まった気がする。「あれもいいね、これもいいね」というカンジで、ヘヴィメタル以外にも積極的に聴いた覚えがある。(まぁ、それでもかなりヘヴィメタル寄りではあったが。)
 そして、メタリカが私の音楽観の全てに成り得たのは、私がメタリカを知った時期によるところが大きい。初めて聴いたメタリカの曲は「メタルマスター」。中学2年のときだったと思う。13〜14歳という十代の早い時期にあのようなショッキングな曲を聴くことができて幸運だと思う。もし、20を超えて初めてメタルマスターを聴いたとしたら、あのときほどの衝撃は無いと思う。衝撃への純粋な反応。あの時の衝撃はかなりのものであった。
 今回のライブで再びその時の衝撃と同等のものを感じることができたことはよかった。
 メタリカのライブを観ると必ず中学生のころを思い出す。曲によって思い出す場面は大抵決まっている。メタルマスターでは絶対に初めてメタリカを聴いたときのことを思い出す。しかし、今回ほど衝撃的に思い出されたことは無い。ライブ中は泣いていたとしても、汗だか涙だか判断できないので、自分でもないているのかどうかワカラン場合が多い。今回もテンションの上がりっぷりと汗っぷりでどうなっていたのかよく覚えていないが、泣いていたのではないだろうか。
 
 いやー、もう書いてて意味がわかんないね。読み返しても意味わかんない。一応、ここまでが「自分にとってメタリカとは何か」

 今回のライブでも気分はこの上なく高揚したし、体中が痛くなった。これはいつものことなのだが、今回は「穏やかな感動」が支配的だった気がする。通常は「とにかく叫びてぇ」「とにかく騒ぎてぇ」となってダッシュとかをしてしまうのだが、そういった攻撃的な気分になるのではなく、ただニヤニヤする感じの。最後の花火に素直に見入ってしまうような、穏やかな感動に包まれた。これは、メタリカの現状を端的に表しているのではないかな、と思ってしまう。
 メタリカの今回の上機嫌さは相当なものだったし、観客の雰囲気も良いように思った。ヘヴィメタルの大御所が放った極上のステージングで得た「穏やかな感動」。もしかしたら、私も「そういう年になった」ということなのかもしれないが、青春をメタリカから始めた私にとって、年齢をメタリカのライブで感じられたというのは本望である。
 あと何回メタリカのライブに行けば「後ろの方でまったりとメタルマスターを聴く」という境地に達することができるのだろうか。少し寂しい気もするが、楽しみなことでもある。
 まぁ、いくら「穏やか」とはいっても、そりゃぁアフター・メタリカともなれば電車内で大声も出す。「穏やか」は控えめに解釈していただきたい。
 
 以上が「今回のライブが私にもたらした作用」
 最後に、新曲についての感想。

 新曲は良い!!まず、速い。速いのは良いことだ。メタリカのリフは本当に毎回カッコイイな・・・。ラーズのドラムがいい。ラーズにしかできないことを毎回ちゃんとやるのが良い。そして、ロブのベース。ハッキリ言ってベースの音の良し悪しはわからないが、ロブの見かけが今のメタリカに非常に溶け込んでいて良い。非常に雰囲気が良い。
 そして一番嬉しかったのギターソロが入っていたこと。st.angerでは全くギターソロが無かった。カークハメットはたぶんメタリカの中で一番イイやつなのだが、彼の大好きなギターソロが設けられているのは非常に良い。非常に。
 しかし、一方で、私はst.angerが非常にすきなのだが、今回のアルバムにギターソロがしっかり入っていた場合、st.angerの存在が薄くなってしまうのではないか、という懸念が残る。新作を出しても是非st.angerはたまにやって欲しい。今回は残念ながらst.angerからの選曲は無かった。st.angerはメタリカにとっても重要な作品なはずだ。是非今後もst.angerをフィーチャーして欲しい。

 あー・・・疲れた。でも、メタリカは良かった。そして、本日の記事を書いてよかった。
 

 
 

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